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俺の車椅子日常

日々の出来事や感じ、考えたことを思うがまま、ありのままに綴っています。

ちょっとした心遣い

おはようございます。

今日は、昨日の大学での出来事をお話ししたいと思います。

昨日は、大学の友人の卒論のインタビュー調査があったので大学へ行ったのですが、嬉しいことがありました。

それは、友人との待ち合わせ場所での出来事だったのですが、目的地に到着し、電動車椅子で配置されている椅子をどかそうとしていたところ、それを見てか、その場にいた女性の学生さん2人が「椅子、どかしますか?」と声をかけてくれて着席することができました。

 

電動車椅子で椅子を1人でどかす作業は

時間もかかる上に、(僕の場合)相当な労力を使うので声をかけてくれたことでとても助かったし、何より嬉しかったです。

 

友人の卒論のインタビュー調査では、「車椅子生活あるある話」でとても盛り上がり、僕の経験してきたことに共感してくれたことが、障がいの程度に違いはあってもお互い車椅子での生活をしているからこそ分かり合える、共通した思いや悩みを持っているということを実感しました。

 

そして、友人のインタビュー調査が終わった後、また嬉しい出来事がありました。

 

それは、母親の車が停まっている駐車場へと向かっている時のことだったのですが、使用している電動車椅子の操作が上手くいかず、スロープを下りられなくなるというハプニングが起こったのです。

 

 

実は、 いつも使用している電動車椅子は現在修理に出しているためにその間は代わりの電動車椅子を使用しており、操作がし辛い中でのこのハプニング。

どう動かそうにも車輪が空回りして上手くいかず、焦っていたところにまた別の学生さんが「手伝いましょうか?」と声をかけてくれ、後ろから押そうとしてくれました。

 

しかし結局、2回くらい繰り返した後「電動車椅子なので大丈夫です。ありがとうございます。」と御礼を言い、その学生さんとは別れましたが、ここでもまた声をかけてくれたことが嬉しかったです。

 

 

車椅子で生活する、もっと言えば障がいを持って生きていると自力でできることに限りがあったり、自力でやることに時間を要したりして、それは時にできないことに対するもどかしさや苛立ち等も様々な場面において出てきます。

 

しかし、今回僕が体験した出来事のように

ちょっとした心遣いが受け取り手によっては

嬉しかったりもするので、何か困っていたり、

手助けを必要としている人に対しては自然と手を差し伸べることが当たり前になる、そのような社会になって欲しいと思うと同時に、とても温かい気持ちになりました。

 

学生さんのちょっとした心遣いが

嬉しかった4月19日(水)の出来事でした。